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p8 宇田雄一「古典物理学」
このページの上端へ行く ホーム 前のページ 次のページ 宇田雄一について
【SEOテキスト】宇田雄一「古典物理学」占有を争わない、というのが私のモットーです。本書を読むことによって他書の読解も、より有益なものとなるでしょう。私は科学の研究と発表を完全に自由化された公共事業と考えています。物理法則は人間が作ったものではなく、むしろ物理法則が人間を作ったのだから、この法則は俺のものだ、と主張しそれを占有することは許されません。それは公共財の私的占有に当たります。知的所有権の問題を考えるときには、この観点が重要です。科学的真理は公共財だが、それについての発見や伝達は人間によって創出されます。この創出行為への報酬として仕方なく真理の擬所有を認めるのが、知的所有権だと私は思います。それを認めねば発見や伝達の意欲が湧いて来ない、発見者や伝達者が悪者の詐取の餌食になる、などの事情があるからです。発見すれば発見するほど損をする、伝達すれば伝達するほど馬鹿を見る、というのではいけません。だから、知的所有権は元々必要悪なのです。発見と伝達の価値を値切ったり支払いをごまかしたりせず公正に評価する倫理性が人間に備わっていれば、知的所有権なんて必要なかったことでしょう。必要悪だから弊害もあります。工業技術の特許を例にとって説明すると、既に特許を受けているある技術を、それとは独立に開発して使おうとする人にとって、特許は迷惑千万です。その技術は既に他者によって占有されているので、特許料を払わなくてはいけません。それでは、特許制度をやめにしたらどうなるでしょうか。人のやり方を盗み見て、自分で考えた、もとから知っていたと言い張れば、発見伝達料金をチョロマカスことが出来てしまう。科学に於いては、特許料という金銭のやりとりではなく、引用の表示という形で名誉のやりとりを行ないます。自分の発見伝達が誰の発見伝達に依存しているか表示しなくてはいけません。引用された方が名誉を受け取ったことになり、引用した方が名誉を支払ったことになります。本当はこういった事が工業製品についても為されるべきと私は考えます。科学的発見の引用と工業技術の特許の違いは、名誉かお金かの違いです。土地の占有ならまだ、そこを占有されても他を探せばよい、という理屈が成り立つけれど、物理法則を占有されると具合が悪い。他を探すというわけには行かぬからです。この事情が科学的発見の引用と工業技術の特許の違いを作るのでしょう。科学的真理には逆著作権が設定されているわけです。工業技術の特許は、土地の占有と物理法則の占有の中間ぐらいに位置するでしょう。本書では、本書を書くのに私が利用した文献、これまでに私が影響を受けた文献を挙げ
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