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p324 宇田雄一「古典物理学」
このページの上端へ行く ホーム 前のページ 次のページ 宇田雄一について
【SEOテキスト】宇田雄一「古典物理学」結果も存在しない」という原因概念の批判の言葉と共に述べられていることは、前者が本質的可能を批判するものだから、原因という語が本質的可能を用いて定義される場合に限ってのみ適切だと言える。表現上の可能から定義された原因というものだって考えられる。実験装置を使ってつきとめられる原因は、これに当たる。T5を修正して出来た上述の理論は、本質的可能を表現上の可能へと読み代えることによって可能という語を消去した文章になっている。可能という語を排除することは、§2-4-1で述べた第一段階の進化と逆向きの推移だ。物理法則を表す文に用いられている可能を表現上の可能と解釈するときには、物理法則というものは、一種の情報圧縮装置と見なせる。自然全体の歴史を表す大きな絵を、半径ε[cm]の小さな領域にまで畳み込むからだ。情報圧縮はマッハの言う「思考の経済」にかなっている。また、そのように解釈するときには、物理法則の持つ対称性や局所性は、自然そのものの性質ではなく、自然を人間が記述するときに用いた情報圧縮のやり方についての勝手な取り決めなのではないかという疑念が出てくる。座標系が先か運動方程式が先か、という問いに対して、座標系が先と答えることは、実証性よりも客観性を優先させることであり、運動方程式が先と答えることは、実証性の追求を諦めないことに当たる。実証性の追求はT41に行き着くが、そこで本質的可能の非実証性のために行き止まりとなる。もし可能を表現上の可能とし取り除くならば、座標系にべったり依存した理論(最後に述べたもの)になってしまい、実証性は犠牲になる。
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