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p332 宇田雄一「古典物理学」
このページの上端へ行く ホーム 前のページ 次のページ 宇田雄一について
【SEOテキスト】宇田雄一「古典物理学」の別の形(§2-2-2)に出来たことは、形式の選択の恣意性を表す。基礎未定義語を減らしたり増やしたり出来る(§4-2)のだったが、このことは、恣意文と経験文の境目を何処に置くかの選択が恣意的だという事を意味する。オセロゲームの黒を経験文、白を恣意文に例えれば、この選択は、何処まで白をひっくり返して黒にするか、その反対に何処まで白をひっくり返して黒にするかを、勝手に選ぶことに似ている。基礎未定義語を増やせばその分だけ経験文が増え恣意文は減る。基礎未定義語を減らせば経験文は減り恣意文が増える。数学や論理学の基礎が実況直面的な言語習得に依存しているならば、自明文と経験文の区別も恣意的なものなのではないか。こういう疑問も生じて来る。演繹という行為と経験的な確認を厳密に区別できるのだろうか。演繹という行為は、経験的な確認の記憶を抽象的に再生することなのではないか。最後に、運動方程式を用いずに物理理論を書けるかどうか考えることによって、物理理論に運動方程式を用いることが人間の恣意によるものなのかどうかを考えてみる。理論TのFT,MT,LTを使って、理論TのFT,MT,LTをFT={f∈FT|LT(f)},MT=MT(FT),HT={MT(f)|∃f∈FT}という風に定義すれば、TにはLTが必要なくなり、HTの元は全て可能な歴史となる。これではいけないのか。FTの定義にLTが用いられているので、これでは真の意味で「運動方程式を用いずに」Tを書けたとは言えない。一般解(§2-1-5)を利用して運動方程式を取り除けば、FTの定義にLTが入って来ない。例えば、T=T1(P;Q1,・・・,Qn;Z;S,U,I,J)の一般解Gを使って、TのMTを∀f∈R(3×2);MT(f)=MT(G(□,□;f(3,1),f(3,2)))という風に定義し、FT,HTもFT=R(3×2),HT={MT(f)|f∈FT}という風に定義すれば、TにはLTが必要なくなり、HTの元は全て可能な歴史となる。これではいけないのか。今度も、Gを使ったことが実質上はLTを使ったことと同じだから、やはり運動方程式を取り除いたとは言えないだろう。MT(f)をあらわに書き表したときに、そこにはGが不自然な形で入っている。それでは、MTをMTから定義するのを止めて、MTを基礎未定義語にしたらどうなのか。やはりMTの定義域をFT=R(3×2)とする。その場合には、GもLTも必要なくなり、Tは「MTはR(3×2)を定義域とする写像で、かつMT(f)は真だ」という短
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